手相 / ニット

雑記

くっきりはっきり

ちょっと過去に何人の方の手を診たのか、思い出せる限りノートにでも書いて行かなきゃなと思っている今日このごろ。もちろん個人情報は出しませんが、面白いなと思ったことなどはこちらに書かせていただきます。 手のしわの深い浅い、がありますが私が診させていただいた時点ですでに世に出ちゃってる方は、かなりの割合でクッキリと、はっきりと、全体的そしてあるべき場所に彫刻刀で掘ったような相が刻まれています。 もうシワが多くって〜とお困りのようですが、全然ちゃいまっせー。とても考え努力され、忙しくも素晴らしい人生を歩んできていらっしゃったのねと思います。 クリエイティブだったり、知的労働だったり、経営だったりと分野は色々ですが、ひとつドカンと突き抜けてる。どれも共通しているのは、ビジネスとして成功している(いた)という意味なのかなとも解せます。いや〜羨ましいですねえ。 お風呂の時間でも寝る前でも、じっと手をみる習慣をつけてみたら、ここ最近はスピリチュアルの分野にあった知能線の彫りが、とても深くなっていることに気づきました。本当にここだけ深いのです。より感受性が高まって物事を深く考えたり、それによって人を導く力が来てるんだなと。ここはいやいや…と抗わず、素直に受け取ることにしています。 月丘に入る知能線です。 研鑽しなければ相は薄くなります。

幽霊を見た話

霊感は無いと思って生きてきましたが、周りからあるって、と言われたり、この前の西谷先生にも言われるので、へーあるらしい。デジャヴはしょっちゅうだし、鼻歌歌ってたらそれが流れるとか昔の曲なのにTwitterのトレンドになってるとか、人生2回生きてる感じはかなりあります笑。 過去に2回だけ、これが幽霊だったらそれだなーと思うことがあります。 ひとつは、祖父が亡くなったとき。私にとっては初めて、人の死に対面しました。毎週のように会ってたし、最期臥せってた夏休み、ふと起きてきていきなり南方の戦争体験とか話してくれたり。亡くなっても何故か悲しいという感情は全くなく。従兄弟たちと、冷たく固く黄色くなったおじいちゃんに、かてぇ〜!とか言って触りまくって、無邪気すぎて私が親だったらコラーー!って言いたくなるけど、祖母がしみじみと「にぎやかに送ってもらってええなぁ」と言っていました。でもお通夜の間、小学生の子どもたちはさすがにうるさいからと近所の親戚の別宅に従兄弟七人ここで寝なさーい!と大人いなくてなんかめっちゃ楽園状態でワーキャードタンバタンやっておったのです。テレビでは金ちゃんの仮装大賞やってたのは記憶にあります。 そうしてたら、リビングのマッサージチェアに、ずーっとおじいちゃんが座ってるのです。あれ?死んだよね?と思ったけど、ニコニコしていつもの感じで。透明じゃなくて実体です。横目で、なんだ、いるじゃん、ってそのまままたドタンバタンやって、それぞれ勝手に寝たんです。いとこの一人も、いたよね、と言ってました。翌日葬式の日に、おじいちゃん本家じゃなくて子どもの家に居たよ?と言ったら母が泣きました。 もうひとつは大学生のとき。忠犬選手権があったらナンバーワンじゃないかと思うほど、まさに苦楽を共にした6歳から飼っていた雑種犬が寿命を迎えました。 一人暮らしをしていたので毎晩飲み歩き、その時は友達の家に泊まってたけど、明け方起きたときに玄関の土間のところにちょこんと座ってこっちを見てたのです。あれ、そもそも私のうちでもないのになんでいるのかな〜と。夢じゃなくてくっきりと。半透明でもない。 悪い予感は当たって、自分の部屋に戻ったら留守電にその件。。看取れなかったから来たんだなー。 霊、みたいなものを見たのはそれきりです。でも神仏のご加護があると言われると、そういうのが救ってくれてるかなぁとも思います。7年前、1年ほっといたら今この世にいなかったなーという病気にかかったときも、前癌の段階でわかって手術で寛解したし。(あなたのここが悪い、あそこがだめ、って医者でも無いのに言う人いますが、そういうの一切いりません。人体の見えない部分を決め否定して不安を煽ってから自分の会話を始めるのはよくないです。) というわけで、少なくとも自分はいつも幽霊をみてるから霊感がある、というのではないみたいです。ただ人に会うと楽しいのにどっと疲れます、手相を診たあとは、気を失ったように寝ちゃいます(対処法は指導してもらった)。 勘が鋭いというのは身を助けます、ときには知りたくない情報も得ますが…。犬に関してはお墓もないけど、日々思い出してあげるのも良いなと。

考え方の履歴

いきなりスピリチュアル方面に振れて自分でも驚いている日々ですが、とても楽です。向いているということは楽に生きられる、いままで否定してた頃には出なかった新しい太陽線が伸びたり太くなったりしています。嘘みたいだけど自ら実証を得たので信じられます。 私は大学の志望がぼんやりしていたので、うっすらやりたかった心理カウンセラーの興味で私大は心理学科を受けていました。あとは体裁で国立の教育学部と、なんか似てるのと一人暮らしめっちゃしたいからっていうだけで離れた校舎にあった社会学科。本心は哲学科いいなあって思ってたけど、その先を考えたら夢見がちで現実的じゃないなと外してました。 それで国立落ちて私大の心理か社会かという選択で、一人暮らしの方を取ってしまいまして(両親には申し訳ない!) 社会学科って何やってるかというと、ひたすらディベート(朝まで生テレビみたいな)とレジュメ発表、試験はすべて論文、あと統計学です。口喧嘩は絶対負けない力を養ってどーするねん!という感じでしたが、それは冗談で、ものの見方が養われました。常に逆の立場で見たらどうだろう、その思想はどんな実証から得られたのだろうと。その段階は全く自分の主観を入れてはならない。意見は最後の最後に添え物みたいなもの。そこに導くために、すっごい調べものをして用意周到に徹底的に勉強しておく。それが社会学。国民生活白書をどんだけ読んだだろう?みんな国勢調査はちゃんと書いてくれないと困るよ。 そんな経緯で理論武装することは増えたけど、自分の自由な主張がめっきり弱くなったのはマイナスの影響。手相への拒否反応もきっとここからでした。実証に基づく統計学と気付くまで長かった…。 でも結果的に自分の長所でもある説得力はここから培われてるなと思います。95年前後、まだ一般的にはインターネットのない時代だったので暇で暇で…毎晩飲み会か部室でマリオゴルフばっかりやってましたが心理学への憧れは捨てきれずフロイトの夢判断などのそっち系書籍もよく読んでいました。書いていて思い出したけど、ザ!社会学といえばデュルケムの自殺論もお気に入りでした。別の大学の友人の卒論まで手伝ったような記憶が。。あの頃他にやることないからいちばん頭が冴えてた(笑)。あと論文というと難しそうなイメージですが、誰にでもわかりやすい、なるべく平易な言葉で書くというのは基本で学びました(教授の方針だったかも)。ITフリーランス時代には業務委託で広告業界にも常駐していたけど、ウェブ製作といえば9割はそのページを見せてモノを売ったり何かの宣伝をするわけで、表現の方法はいろんなアプローチがあります。大手広告のときは専門のライターがいたので楽でしたが、個別案件は圧倒的に自分で書いていました。小難しい言葉を並べたってひとの心には届きません。子どもでもわかりやすい、でも誤解を受けない言葉を紡ぐのが難しさであり面白さでもあり。手相鑑定のときにも全く通じます。 現在はほとんど主観で発信していますが、やっぱり脳内回路は半分そんななので1日の大半は無意識に調べものをしています。誰もソース出せって言わないけどね。グーグル万歳。 迷走しつつも、自分の考え方履歴でした。 展望としては、義務教育で「考え方」としてプログラミングを教えるなら(っていつ実現するのw)、子どもたちにはプラスして「ものの見方」として検索のスキルを身につけさせてほしい。国語で辞書の引き方を習うんだから、特別に検索の時間を作ってもいいくらい。検索だってアプローチで全く違う答えが出てくるので、スキルがモノを言いますよ。子どもの頃は親に何か聞くと「忙しいから自分で辞書で調べなさい」と言われていたけど、最近はオッケーグーグル、ヘイシリで良いなんて素晴らしい時代です。これもし読んでる方がいらっしゃったら、ぜひお子さんといろんな言葉で調べ物をして遊んでみてください。 ところで、小さな端末で何でも正解がでちゃうのに、AIに乗っ取られずに手相をはじめ、星や方角や風水など様々な占いがいまだ人気なのはなぜか。アルゴリズムを使ったゲーム的な占いはあるけど、実際その人全体から発する雰囲気(めちゃくちゃぼんやりしている!)を掴み取っているわけじゃないからでしょうか。人間のパワーってすごい。 今後も自分が納得して信じられることだけをお伝えしていきたいと思っております。いわゆるトンデモ系は華麗にスルーしますが、50も近くなってくると私調べの面白くかつ実証済の薀蓄も実はいっぱいあります。また追々。

短い生命線は短命?

表題がナイーブなので詳細は後半に回します。 手のひらをぱっと広げてもらうと、対象者の大まかな性格がわかります。主だった線が短い人は、ざっくり言えば体育会系。さっぱりした、細かいことでいちいち悩まない、個人的には一緒にお酒を飲むと楽しい人が多いです。なんて言うと、 ほら〜〜、私って(俺って)馬鹿じゃーん! ってこの相の方はだいたい言ってきます、あぁ手相って面白い(笑)それですよ、そういう性格なんです。まず一旦落ち着いて、なんでもない「へぇ〜」なんて相槌を打って最後まで聞いてもらいましょうか。「そういう性格」とはもちろん馬鹿ってことではなく、まだ会話は始まったばかりなのに自分をこういう人って決めつけがちな、直感型タイプということを指しています。あくまで、手の平の第一印象段階です。 こういった方は瞬発力が素晴らしいので個人経営者にも向いています。学校でも人気者だったのではないでしょうか?表立っていなくても人を楽しませることが大好き。ぱっと思いついたらすぐに行動に移せる。恋人に振られても、落ち込んだあとはスッキリと立ち直って回復が早い!苦手な人とはすぐに距離を置けるタイプ。カンガルーのイメージ。 全体的な線が短くても、知能線や運命線の具合もみて理論派なのか感情派なのかそれぞれに診断が違ってきますが、思い切りが良いというのは武器じゃないでしょうか。 そして生命線の話。長いと長生きと言われるのは昔から言われますが、果たして短いのは短命なのか?とよく聞かれます。こたえ、言葉の逆は真ではないし、寿命は私にはわかりません。 それではいけないので(笑)もう少し補足、生命線の長さで寿命は推し量れないと言っておきます。そして大抵は運命線(手の真ん中の線)がカバーしていることが多いです。両方の線の間に細い線が橋渡しになっているとむしろ長寿だとも言われます。 ここからは主観ですが、弱く元気じゃない線をお持ちの場合、この人は人生楽しんでないのかな〜?と思ったりもします。ここで序盤の話にもなりますが、「どうせ自分はこんなやつだから」と短絡的に考え、せっかく大地を飛び回れるカンガルーさんだったのに、素晴らしい脚力を活かせずに小さな手で一生懸命井戸を掘っていませんか?腕力はたしかにありそうだけど、、、もったいないです。ちょっとなんでもない「ふう、がんばったな自分」などと己に声をかけてあげて落ち着き、ゆっくり周りを見回してみてください。 短い生命線でも活躍している人はたくさんいます。瞬発力を活かして、いまだ!というときに隣の船に八艘飛びするかビッグウェーブに乗れるかはあなた次第ですし、また乗れる才能があります。

毎日を調子よく過ごすために

手相をみてほしい理由はなんですか? 将来に不安があるから何か決定打がほしい隠れた才能を見つけてほしい結婚の時期があれば見つけてほしい向いている仕事があればどんなのがいいか教えてほしい彼氏と別れた方がいいか診てほしい などなど。 〜〜してほしい、とかなり委ねられていてまだまだ経験が浅い自分にとってはプレッシャー、恐ろしいことになっています笑よっしゃー!どんとこーい!というより、ともに紐解いて行きましょうか(糸の絡まりを解くのは好きです!)、という姿勢の手相鑑定で日々を楽しく生きるエッセンスを見つけてあげたい。私は対象者の不安を煽ることは一切しません。たまにダメ出しを得意げに指摘する手相家もいらっしゃると聞きますが、そもそも他人様の、言葉通り手の内をみせてもらってるのにそれは失礼ではないでしょうか。 話は戻って、〜〜してほしい、の言葉の裏には不安、心配がいつもあります。ちょっと手相を勉強すると出てくる、手を横断するような「障害線」の捉え方も色々だなぁと考えるようになりました。えっこれなにか悪いことが起きる予兆なの?なんて思ってしまうと毎日見える手にシュッと線が入っているだけで、なんだか落ち着かないですよね。たとえばこんなことが起こったら結構しんどい。大学試験に落ち志望校ではないところに行くことになってしまった!付き合っていた人に振られてしまった!薄給のブラック企業で働いてて日々深夜帰りですり減っている!障害、悪夢だからもうじっと過ぎるのを待つしかないのでしょうか。渋々入学したけど余裕で単位の取れる学校で時間余っちゃったからじっくり取り組んだ卒業論文で表彰されて賞金までもらっちゃった、別れたときは死にそうに悲しかったけど忘れたくて別の土地に飛び込んだら全く知らなかった新しい世界が開けちゃった、ブラック企業のおかげで一人でやらなきゃならないことが多かったけど無理やり覚えることができて独立しても全く困らなかったよ。 って全部私のことですよ!!! 人生で内容証明を何度も出す必要があるとは編は書く必要がないかな?まだまだ不幸自慢はいっぱいあってネタが尽きません。おっと自慢じゃねーかと思ったあなたは正解です。私はタフな手相持ちで派手に転んでも100万円(の価値を)拾ってからでないと起きられず(笑)極端かもしれませんが、おかげさまで人生が彩り豊かになっております。 ちょっと嫌で大きな転換期が訪れるかもしれないけど、長い人生で考えたら収穫だったりすることもあるし、他の支線をみてどう補佐したら良いか、人格形成の時期が来るんだと待つ余裕も加えて一緒に考えていけると良いのではと思います。もちろん大波を真っ向から受けてもなにくそと立ち直れるような二重感情線持ちは少なく、回避する、離れるという方策はありです。何かを手放さなくては(痛みを知らねば)得られるものがないなんていう教えも世界にはあります。それが不可抗力であっても、痛みを知った人間は修理の過程を経て器が大きくなり、とうぜん魅力的な人間となります。 そこまででなくても、つまづいても小さなところから幸せを見つけて、それなりに楽しんでいる人がきっと多いのではないかと思います。毎日をすこしだけ楽しくするために、今日は金木犀が良い香りだった、洗濯物が早く乾いた、鳩と会話した、なんでもいいから調子よくなるラッキー現象を数えてみるのも良いですよ。TwitterやらSNSを自分の調子を上げる数を数えるappだと思うのもひとつ。鳩は友だち〜。

子どもに手相はあるのか?

子どもを持つ親なら、手相を気にしたとき、子どもってどうなってるの?って思うのは当然自然な流れです。 しかし一般的には、15歳以下は鑑定できずと言われることが多いのではないでしょうか。まだ幼い時代は現れていない線が多いからだと思いますが、だいたい10代後半からが診れる手相と言われます。 自分の10歳の息子は2年前からよく観察するようにしていますが、この数ヶ月は、目覚ましい状態で線がにょきにょきと現れてきています。手相は変わる、といいますが手相は常に成長するんだと子どもの未発達の手のひらを見ていると実感できます。 運命線、生命線、感情線、知能線は小さい子でも持っていますが運命線はさすがになかったり途中だったり薄かったりしませんか?生きていくなかで色々なことを覚え、一人で生活できるような年齢、準備が整ってくると見えて来るのだと思います。どちらかというと生まれ持った性質が大きく関わる線は最初からあるんだなぁと。 そんなことを踏まえて、今日からお子さんと寝る前に手を見ながら話をするのも良いのではないでしょうか。ほら、線が伸びてきたからor細かいしわが増えたから最近頑張ってるだんねぇ、ここに出ているよ〜、といってあげるだけでも不思議なことが大好きなお子さんはやる気スイッチが入ります。これぞおまじない、というやつでしょうか。 あとは指先は宇宙のパワーを受けるアンテナだそうです(これまた壮大な)ので、きれいにしようねという指導は大切です。宇宙は知らんわということでも人間は指先でものの質感を感じ取り人の温かさを知りスマホやゲームを操るなど繊細な作業をする動物です。これからの季節はワセリンを塗ってあげてください。良い夢を。おやすみなさーい。 #お子さんの手は無料で診ます。

帰巣本能?土地感覚

子どもの頃の不思議なおはなし。 自分の記憶は0歳くらいからあります。というのも母に、昔(小学校低学年?)こんな部屋あったね〜とか言ってみたら、それまだ立つ前のことやん、それ(母の)実家やん、と驚かれてたので、そうみたいです。さすがに胎内記憶は記憶にございません。 ぽかぽかと柔らかい陽の差す縁側みたいな廊下、もう0歳といえばそればかりだけど、そこに寝かされていたらしい。自営業なので0歳後半から近所の保育園に投げ込まれていた(笑)ので、周りはいじわるな子ばっかり、昼寝なんかしたくない、これ夜だっていうけど昼じゃんっていうビロードのカーテンの下から漏れる明かりをずっと見ていたつまらない時間。小さい子の預かり部屋は園庭の奥にあって、一番広くて、中は舞台のような段差もあるけどちょっとスロープになっているのが楽しいお部屋。でっかい仏像が怖かったけど数珠持ってお祈りするのが日課。幼児になると記憶がかなり強烈で、三歳で乗った手術台の記憶もあり。それは追々気が向いたら記していくこととします。 そんな幼児の頃に、一番両親が驚いたことを今回は書いてみます。毎週の様に車で30分ほど離れていたけど従兄弟と遊ぶのが習慣で、帰る頃には眠くなって車ですぐ寝ちゃう。30分、って隣の市になるので結構遠いですよ、それでも自宅に付く手前の信号で必ずサッと目覚めて「まだ帰りたくない!!」と号泣するのです私が。当然、親は帰りたくないことに驚いてたのではなく、なぜ寝てるのにそんなピンポイントで家がわかるのかと。本当はもういくつか前の信号の停車から気づきはじめているけど、とりあえず寝てて、最終コーナーで起きることにしていました(笑)不思議だけど、旅先など初めて行く場所でも土地勘が冴えてて、停めてた駐車場どこだったっけ?と聞かれるのは私の役目で、あっちーとよく御一行を導いていました。 今でも車で寝ちゃうと、そろそろ家の前の坂道だな、とかわかってもパチっと目覚めるのは恥ずかしいか?とちょっと寝たフリをすることがあります。まぁそんなフリしなくていいんだけどね。 泥酔してたら話は別ですが。